ヴィクトリア時代の台所~19世紀英国の料理本を読む~

19世紀に書かれたイギリス料理の本を拾い読みしながら、当時の暮らしに思いを巡らせてみるブログです。

意外と米も食べられていた? 米を使ったパンやお菓子

前回はカレーの話でしたが、カレーといえば当然ご飯と一緒に食べるわけで、それなら米も普通にあったのだろうな? ということで今回はお米のレシピをいくつか見てみました。「現在のイギリス料理で米を使ったレシピは何か?」と聞かれると、ライスプディングぐらいしか思いつかないのですが、この本の目次を見ると、それ以外にも rice pancakes (米のパンケーキ)、rice cheesecake (米のチーズケーキ⁉)、 rice meringue (米のメレンゲ??) など、お米を使ったお菓子のレシピがいくつか載っていました。

その中でも、ちょっと予想外の使い方だと思ったのが、rice bread (米のパン) なるものです。 

f:id:uk_food_diary:20210830022957j:plain

Rice Bread (米のパン)
<材料>
米1.25ポンド、軟水10クォート、German イースト2オンス、小麦粉15ポンド
<作り方>(要約)
1. パトナ米を軟水で30分以上茹で、粗目のふるいで裏ごしする
2. 小麦粉と 1 を混ぜ、German イーストを使って普通にパンを作るのと同じ要領でパンを作る
* 26~28ポンドのとても白いパンができる。1週間まで日持ちする。

Patna rice はインド産のロンググレイン米。わざわざ soft water で茹でると書いてあるのが興味深いです。全粒の米ではなく米粉を使った場合は、それほど上手くできないとも。German イーストは生イーストなのか乾燥イーストなのか 、よくわかりませんでした。他のレシピでは「dried German yeast」と書いてあるものもあるため、ここでは生イーストなのかもしれませんが、不明です。当時の人は、これだけ読めばわかったのかもしれませんが。

もう一つ意外だったのが、こちら。なんと、この時代に既にタピオカまでイギリスに入ってきていたのですね。 

f:id:uk_food_diary:20210830022947j:plain

Rice and Tapioca Pudding (米とタピオカのプディング)
<材料>
牛乳: 3パイント、米とタピオカ: ティーカップ1杯分、その半量の砂糖、シナモン少々
<作り方>

米とタピオカ(米を多めにする、割れるので洗わない)を混ぜたもの、その半量の砂糖、冷たい牛乳3パイントを深皿に入れ、シナモン少々をふりかけ、低温のオーブンで焼く。

ライスプディングにタピオカが少し混ぜてある感じでしょうかね。米と牛乳という組み合わせがどうも苦手なので、ライスプディングは数えるほどしか食べたことがない(そして今後も食べることはないと思う)ですが、タピオカを入れるとまた一味違うのかもしれませんね。

その他にも、米粉を使ったお菓子もいくつか掲載されています。たとえば、こちら。

f:id:uk_food_diary:20210830023002j:plain

Rice Jelly (米のゼリー)
<材料>
米粉1/2パイント、型を満たす分量の水かクリーム、レモンの皮1個分、シュガーローフ2オンス、クルミ大のバター、濁りを除去したアイシングラス2オンス
<作り方>
1. 米粉1/2パイントに、型を満たす分量の水またはクリームを加える
2. 砂糖にレモンの皮を擦り付ける
3. バターを加え、火にかけ、かき混ぜながら5分煮る
4. アイシングラス1/2オンスを加える
5. 氷の上に乗せた (または地下室の床に置いた) 型に 4 を入れ、冷やす
6. テーブルへ運ぶ際に、溶かしたカラントゼリーやシロップを周囲に注いでも良い

アイシングラスというのは「魚の浮き袋を原料として抽出されたゼラチン」だそうです(ウィキペディアより)。濁りを除去する方法は、こちらのサイトをご覧ください↓
To Clarify Isinglass ~ thecooksguide.com

Rice jelly はどれほど人気があったのか、気になるところです。ちなみに rice jelly で検索するとういろうの写真がたくさん出てきました。私はこっちの方がいいな(笑)。

 

ヴィクトリア時代のカレー料理

イギリス料理ではないのですが、カレーのレシピが載っていたのでご紹介したいと思います。

イギリスを含めヨーロッパ諸国では、17世紀頃にはすでにインドなどから香辛料を輸入していたようなので、19世紀にはカレーもそれほど珍しくはなかったのかもしれません。著者のアングロインディアンの友人直伝らしいカレーレシピでは、さまざまなスパイスを混ぜてカレー粉から作っています。基本的にはコリアンダーの種、ブラックペッパー、カイエンペッパー、ターメリックなどをすべて粉末状にして混ぜるだけなので、簡単に再現できそうです。 

f:id:uk_food_diary:20210824064159j:plain

カレー粉のレシピいろいろ

 

カレーの材料には牛肉、鶏肉、豚肉、マトン、ウサギのほか、"cold calf's head" というあまり想像したくないものも。魚では鮭、タラ、カレイなどが使われ、海老やロブスター(豪華!!)のカレーもあります。そしてなんと、牡蠣のカレーも! 今では全然見ることも聞くこともないですが、昔はそれほど驚かれなかったのでしょうか? 牡蠣とカレーって合うのかな…?

f:id:uk_food_diary:20210824070522p:plain

牡蠣のカレー
<材料>
牡蠣100個(!)、バター1/4ポンド、玉ねぎ1個、カレー粉大さじ3、水またはストック1/2パイント、ココナツ1個、酸っぱいリンゴ大1個、塩コショウ、小麦粉スプーン1杯、マロウ1個、トマト1個、レモン汁1個分

<作り方>
1. 牡蠣の中身を汁ごとボウルに取り出す。
2. バターで玉ねぎを炒め、カレー粉を加えて混ぜる。
3. 水またはストックを少しずつ加え、蓋をして沸騰させる。
4. 削ったココナツの実と、細かく切ったリンゴを加え、リンゴが煮崩れるまで煮詰め、小麦粉を加えてとろみをつけ、塩コショウし、5分煮る。
5. 9割がた柔らかくなるまで茹でて小さく切ったマロウとトマトを加える。
6. 牡蠣を汁ごと加え、ココナツミルクも加える。
7. 数分間弱火で煮込み、レモン汁を加える。
8. 皿に盛ったご飯と一緒に供する。

 

どなたか作ってみたら教えてください(笑)。 牡蠣を100個も剥くのは大変そうなので、1/4ぐらいの量でやってみると良いかもしれません(それでも25個!)。
これは元々インドのレシピなのか、それともイギリス人向けに考案されたレシピなのか? インドで牡蠣を食べるのかどうか知らないので、よくわかりません…。

そういえば、イギリスでは昔は牡蠣はそれほど高級品というわけではなく、観劇の休憩時間に軽食として食べられていたとか、刑務所の食事にも牡蠣が出されていたとか聞いたことがあります。どちらかといえば庶民の食べ物だったのかもしれません。

別の機会に、他のカレーのレシピも読んでみたいと思います。

Damson Cheese (ダムゾンのチーズ)

夏から秋にかけては、ベリー類やスモモ類の収穫の季節。ジャムやプリザーブ作りが趣味の方も多くいらっしゃると思います。

ふと、Damson Cheese (ダムゾンのチーズ) というレシピが目に付いたので、ご紹介したいと思います。西洋スモモと訳されるダムゾンは、紫色の小ぶりのプラムのようなフルーツです。生で食べるよりも、砂糖で煮たりジャムにして食べるのが一般的です。

それをどうやってチーズに? と思ったのですが... レシピをよく読んでみると乳製品は一切入っていません。

f:id:uk_food_diary:20210810234706j:plain

どうやら、fruit cheese (フルーツチーズ) というのは、いわゆるチーズではなく、フルーツを砂糖で煮詰めて固めたもので、ジャムをもっと固くしたゼリー状の保存食みたいです。

<作り方>
1. 完熟したダムゾンを jar に入れ、ダムゾン1クォートに対して1/4ポンドの砂糖を入れる
2. 柔らかくなるまでオーブンで焼き、裏ごしする
3. 2. の重量1ポンドに対して1/2ポンドの砂糖を加え、かき混ぜながら弱火で煮る
4. 型に流し込み、brandy paper をかぶせて紐で縛り、湿気のない場所に置く
5. 3~4か月後から食べられる
他のフルーツでも同様にチーズを作ることができるが、グリーンゲージを使う場合は砂糖を控える

ざっと訳すとこんな感じです。ここで、"jar" が実際にどのようなものなのかよくわからないのですが、次に続くレシピでは "stone jar" とあるので、そのことかと推測します (しかし、オーブンに入れるものなのか?謎です)。"brandy paper" は現時点で調べがついていませんが、ジャムのレシピでも使用されているので、おそらく蓋に使用する紙の種類だと思いますが、詳細は不明です。 

f:id:uk_food_diary:20210811002141j:plain
Audley End Estate のキッチンにあった保存食の容器 (筆者撮影)

どのように食べるのかまではこの本からはわかりませんが、"damson cheese" で画像検索するとチーズやクラッカーに添えている写真が多く見つかりました。濃厚で美味しそうです。

著者と挿絵画家について

ツイッター経由でお読みいただいた方々、どうもありがとうございます。同じように古いレシピに興味をお持ちの方が多くいらっしゃるようで嬉しいです。アクセス数が一気に増えて、ちょっと慌てております…。

あらためて、この料理本についてもう少し詳しく知りたいと思い、少し調べてみました (といってもウェブで検索しただけですが)。

まず、正式な題名は『Warne's Model Cookery with Complete Instructions in Household Management』になります (参考文献として追加しました)。著者は Mary Jewry という女性で、当時の有名な児童文学作家の Laura Valentine (1814–1899) の妹か姉。序章によると、私の所有している本は改訂版で、初版はなんと5万部売れたらしいです。初版は1868年発行と書いてあるサイトがありましたが、正確にはよくわかりません。古書店や大英図書館のサイトなどを探してみましたが、私の本の出版年はやはり不明で、同一と思われる版は見つかりませんでした。ある古書店サイトの写真を見ると 1879年版の装丁が最も似ているようですが、背表紙のフォントが違うし、出版社名も London だけでなく New York と記載されています。他にも People's Edition という156ページのダイジェスト版も何度か発行されたようです。私の本は728ページあり、全部で2835のレシピが掲載されています。その約半分はオリジナルのレシピだそうです。

f:id:uk_food_diary:20210810000258j:plain

目次のページ

挿絵を担当したのは Kronheim & Co. で、その創始者 Joseph Martin Kronheim はドイツ生まれの石版画家・木版画家。ここで興味深いのは、カラーの挿絵は「実物をもとに描かれた」と説明されている点です。イラストとはいえ、けっこう精密に描かれています (下図)。なんだかおとぎ話の世界の料理のように見えますが、本当にこんな飾りつけだったのですね。4と5のお菓子がかわいいけれども、なぜか索引には載っていなかったです。

f:id:uk_food_diary:20210810012854j:plain

挿絵の左下に J. M. Kronheim & Co. とある

とりあえず、今日わかったのはここまで。
これ以上の情報はウェブだけでは探せそうにないけど、19世紀の本なのは確かです。 

f:id:uk_food_diary:20210810014008j:plain

所有者らしき名前と、贈られたか購入された年が記されている









 

二日酔い決定?Punch Ice (パンチアイス)

さて、アイスクリームとシャーベットのレシピをいくつかご紹介しましたが、冷たいデザートには甘いものだけでなく、お酒を使ったものも載っています。その名も Punch Ice (パンチのアイス)。パンチを凍らせたものと想像できますが、ラム酒、シャンパン、ブランデーが入っていて、かなり酔っぱらいそうです。

f:id:uk_food_diary:20210807043655j:plain

<作り方 (2411)>
1.5パイントのレモンウォーターアイス (レモンのシャーベット) に対し、ホワイトラム、シャンパン、 ペールブランデーをグラス1杯ずつ、グラス半分の温かいゼリー液を加え、凍らせる。1クォート分。

レモンシャーベットをベースにしているので、サッパリして美味しそう。なぜゼラチンを入れるのか不思議に思ってちょっと検索してみたところ、口当たりがよく滑らかに仕上がるようです。

もう一つ、Punch a la Victoria (ヴィクトリア風パンチ) のレシピを読んでみたいと思います。名前に "Victoria" と入っているところが時代を感じさせます。

f:id:uk_food_diary:20210807054621j:plain

 <作り方>
1. レモン2個分の皮をすりおろしたもの、レモン6個分のジュース、オレンジ2個分のジュース、水1/2パイント、シロップ1パイントを混ぜ合わせ、濾して、固くなるまで凍らせる
2. ラム酒とブランデーをそれぞれグラス1杯ずつ加える
3. アルコールによってシャーベットが溶けるので、氷を補充する
(注: ここで "charge" が何を意味するのか夫にも聞いて色々と考えましたが、完全に溶けてしまわないように氷を補充する (パンチの容器を入れたボウルか何か?) のではないかという結論に達しました)

4. 卵白3個をしっかりと泡立て、1/4ポンドの砂糖を加えてそっと混ぜる
5. パンチアイスに4の卵白を加え、ゆっくりとかき混ぜる

メレンゲがのっているパンチのシャーベットは、フローズンカクテルみたいな感じでしょうか。どんな味がするのでしょうね。卵白を使ったカクテルには、タイタニック号で供されたという Punch à la Romaine というものがあるそうですが、似たような感じかもしれません。

お酒を入れずに作ってみても美味しそうです。

 

 

 

涼しげな Water Ice (ウォーターアイス)

8月に入ったとはいえ、雨続きで朝晩は冷え込み、まったく夏らしくないイギリスですが、夏のデザートの続きを…。

冷たいデザートの章には、アイスクリームに続いて Water Ice (ウォーターアイス) なるものがいろいろと掲載されています。"Water Ice" という言葉を聞いたことがなかったのですが、本の解説によると、

ウォーターアイスは、濃厚でクリーミーなアイスクリームとは異なり、水と味を付けた果物のみで作る

と記述されています。つまり、シャーベットのことですね。現在のイギリスでは、一般的にシャーベットは "sorbet" と言います (ちなみに、リーダーズ英和辞典には water ice が載っていました。さすがです)。

今日は、このウォーターアイスのレシピを読んでみたいと思います。桃、イチゴ、ラズベリー、メロンのほか、レモン、オレンジ、パイナップル、チェリー、ぶどう、アプリコット、しょうがなど、さまざまなフレーバーのシャーベットが載っています。基本的に材料は「メインのフルーツ、レモン、clarified sugar (後述)、水」ですが、着色料などを加える場合もあります。

 f:id:uk_food_diary:20210803230003j:plain 

ところで、この "clarified sugar" とは何でしょうか? "clarify" には "澄ませる" という意味があり、この場合は、透明なシロップを作ることではないかと思います。 

f:id:uk_food_diary:20210803230014j:plain

<シロップの作り方>
12ポンドの砂糖、12パイントの水に、よくかき混ぜた卵白1/2個を加え、10分間沸騰させる。これを、ウォーターアイスのすべてのレシピで使用する。

詳しくは知りませんが、卵白にはアクや不純物を取り除く作用があるようです。多分、シロップが出来上がったら、濾したのだろうと思います。
では、実際にレシピを一つ読んでみましょう。

<イチゴのウォーターアイス>
1かごのイチゴ、レモン2個分のジュース、1/2パイントの水、1パイントのシロップ、着色料少々。凍らせる。1クォート分。

凍らせる際には、前に紹介した製氷機を使います。イチゴは製氷機の中でつぶれるか、凍らせる前につぶすかしていると推測します。 

ところで、イチゴやラズベリーはイギリスでも育ちますが、この時代にレモンやオレンジ、パイナップルなど南国のフルーツはどこから調達されていたのかが気になるところです。それはまた、別の機会に調べてみたいと思います。

 

 

紅茶のアイスクリームとビスケットのアイスクリーム

今週のお題「好きなアイス」

こんにちは。19世紀イギリスのレシピを紹介するブログを最近はじめました。少しお題からずれているのかもしれませんが、ちょうどアイスクリームについて書いているところですので、応募してみました (当ブログの経緯については前の投稿をご覧ください)。

 

イギリスといえば、紅茶の国。やはり載っていました!紅茶のアイスクリーム。私の知る限りでは市販品を見たことはないように思いますが、昔は作っていたのでしょうか。

Tea Ice Cream (紅茶のアイスクリーム)

f:id:uk_food_diary:20210801011413j:plain

 <作り方>
1パイントのクリーム、4オンスの砂糖、1オンス (または1杯を作るのに十分な量) の紅茶を混ぜ、凍らせる。

簡単そうですね (笑)。これで1クォート (2パイント、1リットル強) の分量のようです。 

もう一つ、簡単そうなレシピをご紹介します。 

Biscuit Ice Cream (ビスケットのアイスクリーム)

f:id:uk_food_diary:20210801011427j:plain

<材料>1クォート分
・1パイントのクリームに牛乳を少し混ぜたもの
・2オンスのナポリビスケット (またはヴィクトリアビスケット)
・卵黄2個
・4オンスの砂糖

<作り方>
1. 弱火にかけ、カスタードを作る要領でやさしくかき混ぜる
2. ザルでこす
3. 凍らせる
4. 固まったら、グラス1杯のワインを加える

ここで疑問なのは、ザルでこしてしまったらビスケットはどうなるのか、なのですが…。おそらく溶けてしまっているのだろうと推測します。

それはさておき、Naples Biscuits (ナポリビスケット) とは何なのでしょうか?
検索すると、レディフィンガーのような写真が出てきますが、Lady-fingers のレシピは別に記載されているので、少し違うようです。
このレシピも載っていました。

Naples Biscuits (ナポリビスケット)

f:id:uk_food_diary:20210801011434j:plain 

時間、約10分
<材料>
・1ポンドの小麦粉
・1ポンドのシュガーローフ
・卵9個
・ローズウォーター少々

<作り方>
1. 卵白2個分の以外の卵をよくかき混ぜる
2. シュガーローフを叩いて砕き、ふるいにかける
3. 1と2、スプーン1杯のローズウォーターを泡立て器でよく混ぜる
4. 小麦粉を少しずつ加え、よく混ぜる
5. 細長い形、または丸い形に整える

レシピはここで終わっています。どうやら一番上に書いてある時間が焼く時間のようなのですが、焼く温度はわかりません…。多分、料理人ならこれだけの情報で十分理解できたのでしょう。

それでは、また次回。
冷たいデザートのシリーズが続きます。